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【第1部】 第2話 キザな男

last update Last Updated: 2025-05-17 21:14:50

 その日は、祖父がちょうど留守だった。

 祖父は根っからの温泉好きで、月に一度はどこかの温泉へ二泊三日の旅に出る。

 風呂の中から人が出てきたなんて話、いくら懐の深い祖父でも、心臓に悪いだろう。

 今日がその“温泉の日”で、本当に良かった。あとで落ち着いて、ゆっくり説明できる。

 ……とはいえ。

 龍が用意した浴衣に身を包み、ふかふかの布団で気持ちよさそうに眠る謎の男。

 その寝顔を前に、私はなんとも言えない気持ちになっていた。

 改めて見つめると、やけに整った顔立ちだ。

 まるで絵に描いたような美少年。

 普段見慣れているのはいかつい極道たちばかりだから、余計にそう感じるのかもしれない。

 ……まあ、龍だって十分イケメンではあるんだけど。

「お嬢、じっと見つめて……何か気になることでも?」

 不意に龍の声がして、私はびくっと肩を揺らした。

「あ、いや……別に。なんでもない」

 つい見惚れてたなんて、口が裂けても言えない。

 私としたことが、失態だ。

 でも――この男、どこかで……。

 そう思った瞬間、胸の奥に浮かんだのは、一ヶ月前の出来事だった。

 あの日、私は暴漢に襲われた。

 そのとき、身を挺して私を守ってくれた人がいた。

 彼は頭を打ち、今も意識が戻っていない。

 病院のベッドで静かに眠る、その人。

 そして、目の前にいるこの男。

 ――あまりにも、顔がそっくりなのだ。

 偶然? それとも何かの縁?

 まったくの他人が、こんなにも似ているなんて。

 しかも、一人は命の恩人。もう一人は風呂から現れた謎の人物。

 摩訶不思議としか言いようがない。

 この世には、私の知らないことがまだまだたくさんある。

 ……さて、どうしたものか。

 私は確かに見た。

 風呂の湯の中から、この男が現れた場面を。

 夢じゃない。

 頭ははっきりしていたし、あのときの衝撃はいまでも生々しい。

「う……ん……」

 そのとき。

 布団の上で眠っていた男が、うっすらと目を開けた。

 私と目が合う。

 直後、彼は勢いよく上体を起こし、私の手をがしっと握ってきた。

「美しい……」

「は?」

 とろけるような声に戸惑った次の瞬間――

 ドガッ!

 龍の鉄拳が振り下ろされ、男の顔は勢いよく床へと沈んだ。

「んがっ……い、いた……い」

「ちょ、ちょっと龍! 何してんのよ!」

「ふん」

 まったく反省の色なし。

 相変わらず冷静な顔で男を睨みつけている。

 倒れた彼がちょっと可哀想になって、私はそっと顔を覗き込んだ。

「だ、大丈夫?」

 すると、男が顔を近づけてくる。

 鼻先が触れそうなほどの距離に、思わず息を呑む。

 間近で見る彼の顔は、驚くほど美しかった。

 透き通るような白い肌。さらりと艶のある金色の髪。

 その間から覗くのは、宝石のように澄んだ蒼い瞳。

 その瞳にじっと見つめられて、私はふわりと浮くような感覚に陥った。

 ――なにこれ。ちょっと、眩暈。

 普段からこんな美男子に見つめられたりしないから……。

「……あなたの名前は?」

 彼の瞳をまっすぐ見返しながら、私は静かに問いかけた。

「私の名前は……」

 言いかけたそのとき、再び龍の蹴りが炸裂した。

 ドカーン!!

 彼の上半身が勢いよく吹き飛び、壁にめり込んでしまう。

 「龍!」

 私が語気を強めると、龍はそ知らぬふりをして顔を背けた。

 なんだろう、この龍の態度は……。

 普段はもう少し冷静で思慮深いのに、今日はどうも様子が変だ。

 壁にめり込んだ彼の救出へと向かう。

「大丈夫?」

「も……問題ない。僕は、頑丈だからっ」

 彼を壁から引っ張り出すと、ボロボロの状態なのに彼は私に微笑みかけ、ウインクしてきた。

 ドキッ。

 男性からウインクされるなんて、しかもこんな美男子に。

 動揺した私は、思わず目をそらしてしまう。

 そこへ龍が、再び私と彼の間にずいっと割り込んできた。

「龍、いい加減にしなさい! 今度彼に何かしたら……許さないからっ」

 私はキッと龍を睨みつける。

 すると、彼は急に気まずそうな顔をして、身を引いた。

「申し訳ございません、お嬢。……出過ぎた真似を、いたしました」

 壁際の隅に移動すると、龍は頭を下げたまま固まってしまう。

 今度はちゃんと反省してくれたようだ。

 まあ、龍も私を守ろうと必死なんだよね。

 怒りすぎたかもしれない……ごめんね、龍。

「さ、もう邪魔はされないから」

 私は改めて彼と向き合う。

 男は一瞬、不思議そうな顔を浮かべたあと、私のことをまじまじと見つめてきた。

 その綺麗な蒼い瞳が、まるで心の奥をのぞき込むように私を射抜く。

「君は本当に素敵な人だ……。

 見目麗しいだけでなく、強さと優しさを兼ね備えている」

 唐突な言葉に、胸が高鳴る。

 あまりにも真っ直ぐに褒められて、むず痒くなってしまった。

「そんな、私なんて。……私より素敵な人は、たくさんいるよ」

 恥ずかしくて視線を逸らす。

 なのに彼は、また一歩、距離を詰めてきた。

 ちらりと龍を見る。

 が、もう彼は動く気配を見せない。顔は明らかに怒っているけれど、ぐっと堪えているのがわかった。

「あの、君の名前は……」

 彼がそっとたずねてくる。

「ああ、私は如月流華(るか)っていいます」

 その名を噛みしめるように、彼は目を閉じ、深く感慨にふけった表情を見せる。

「……る、か。流華、素敵な名前、可憐だ」

 か、可憐!?

 またそんなキザなセリフを……!

 でも、彼は本当に嬉しそうに笑っている。

 あ……可愛い。

 って、私は今、何を思ったの?

 可憐なんて言葉、初めて言われた。

 だから浮かれてるのかもしれない。

 歯の浮くようなセリフを、どうしてこんなに堂々と口にできるんだろう。

 キザだけど……でも、似合ってるんだよな。

 心の中でそうつぶやきながら、私はもう彼から目を逸らせなくなっていた。

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